プロレス名言No.001「手も大きい!足も大きい!」by倉持隆夫(全日本プロレス中継実況アナウンサー)
ジャイアント馬場。
人々に愛され、数々の栄光に彩られたそのレスラー人生においてひときわ異彩を放つ。。。というか黒歴史が今回紹介する名言が飛び出した対ラジャ・ライオン戦である。
このジャイアント馬場vsラジャ・ライオンは馬場のキャリアを通して唯一の異種格闘技戦。時は1987年6月9日、舞台は日本武道館。アントニオ猪木(対ウイリエム・ルスカ1976年2月6日、日本武道館)に遅れること11年、馬場はついにその巨体を異種格闘技戦のリングに上げたのだ。
当時「全日本プロレス中継」におけるメイン実況アナウンサーが倉持隆夫であり、この異種格闘技戦のマイクも倉持隆夫に任された。倉持の、目の前で起きたことをそのまま冷静に、クライマックスでは激しく感情的に発信する実況するスタイルは「倉持節」と呼ばれていた。
これはあらかじめ用意したフレーズを速射砲のように繰り出す「ワールドプロレスリング」古舘伊知郎の向こうを張るものであり、当時は実況界においても全日本プロレスと新日本プロレスは正面から激突していたのだ。
古舘と比べて事前の練り込みが少ない分、技の名前などはやや正確性に欠け、ゆるい部分がありつつも味のある実況が、ペーソスあふれる馬場やジャンボ鶴田らのファイトスタイルに大変良く馴染み、ファンに親しまれたのが倉持である。
さて、馬場の対戦相手であるラジャ・ライオン。当時を知るファンの間では「カレー店のアルバイトをしていた巨体の留学生をそれっぽく仕立てた」という説がある。
その真偽はさておき、パキスタン出身226センチ115キロ、バンドー空手の使い手という触れ込みはボンクラプロレスファンの脳みそをトロットロにとろけさせた。実物を見るまでは。
試合は3分10R制、KO/ギブアップに加えて3カウントフォールが認められるルール。3カウントは前年の長州力vsトム・マギー、あるいはアントニオ猪木vsレオン・スピンクスでも採用されてはいるが、異種格闘技戦にはそぐわない、ファンの間では不興を買った糞ルールだ。
その糞ルールを疑いもせず採用し続けるあたり、異種格闘技戦に対する全日本プロレス=ジャイアント馬場の適当さが伺える。
試合の実況において倉持はラジャを見たまま、その大きさをそのまま伝える。それがこの名言「手も大きい!足も大きい!」である。正確にはこうだ。
「手も大きい!握手を求めますとしびれます!足も大きい!38センチもあるんです!」
対する馬場の入場時には、さらっと今回の試合を馬場の引退をかけた大一番と表現してしまうなど、今にして思うと結構舌を滑らせがちなキラー倉持の横顔を覗かせる。
「確かに強い選手です」
「ガンガン打ちまくってまいります!」
そこまで持ち上げていながら、1ラウンドのラジャの数少ない見せ場「コーナーに馬場を詰めて逆水平を打ち込む」シーンを実況席近くに陣取ったタイガー・ジェット・シンに気を取られて実況しないという痛恨のミスが悔やまれる。
結局試合は2R1分44秒裏十字固めで馬場が勝利を収めた。
実際のところ、凡戦である。それもかなりひどい凡戦である。馬場危うし、プロレス危うしのシーンなぞ全く出現しない。
蹴り技を繰り出すたびにコケるラジャ。
コケては不格好な受け身をとってみせるラジャ。
この試合の後、学年に一人はいたであろう背が高い以外に取り柄のない、冴えない中高生のあだ名が一斉に「馬場」から「ラジャ」に変わったのだった。
Youtubeに残る映像を見ると単なるおもしろ映像にしかならないが、この試合はぜひ音だけで聞いて欲しい。古舘伊知郎の向こうを張り、80年台の全日本プロレス中継を支えた倉持節を堪能できるだろう。
目をつむって聞けば現実のリング上には決して立ちのぼることのなかった景色・・・ラジャの底知れぬスケールや息をもつかせぬ怒涛のラッシュ、それを凌ぎバックに回りテイクダウンしてサブミッションを極めたジャイアント馬場の強さがきみにも見えるはずだ(見えるとは言っていない)。